歴史探訪、繋がる今昔✨〜田中吉政〜
かりんパパです🐈
今日は歴史について書きたいと思います!
歴史は好きで、歴史上の人物の、家系的なつながりでロマンを、城跡や古戦場や墓で、今に残る昔の人が生きた証を感じることが、最大の魅力であると思っています(≧∀≦)
(秀吉が晩年まで子どもに恵まれず2代で絶えてしまったこと、天皇家が、太古の昔から現代に至るまで、家系を存続させていること、現代の都市(田舎であっても)の構造も昔の人が作ってきた結果今に続いている、そんな感じのことです✨)
今日は出張で、滋賀県に行きまして、
たまたま「田中吉政公記念碑」というのを発見しました!
⬆️※湖北の風景
豊臣秀吉、とか武田信玄、とか織田信長、とかメジャーな人の像はそれぞれ拠点とした都市の駅前なんかにあると思います
田中吉政?
誰??
という人が多いと思います!
そこそこ歴史好きな私でさえ、誰やったかな?信長の野望で出てきたかなー
くらいの知識でした…
少し気になって調べてみると、
〜略〜
その後秀吉の養子秀次(秀吉の後の関白、秀吉に実子秀頼が生まれたことで、最終的に自害)に仕える
秀次が近江八幡を与えられた際、筆頭家老として、近江八幡のまちづくりに参画
信長亡き後の安土からの城下町の移転や八幡堀の整備が行われた
岡崎でも堀の整備や東海道を岡崎を通るルートに変更が行われた
関ヶ原戦い後には、筑後国柳川(福岡県柳川市)を与えられ、一国一城の主となる
ここでも、水運のため、水路を整備し、有明海の干拓を行なっている
ということがわかりました!
共通しているのが、水濠をはじめとした現代につながるまちづくりを行なっていることです(≧∀≦)
観光地にもなってますよね😚
しかも東海、関西、九州で!
人の力は偉大です!✨
ひょんなことから新たな発見や気づきがあるところが歴史の素晴らしいところですねー
先人の生き方を学び、現代の生活に活かしていきたいですね✨